吉川普子 http://www4.hp-ez.com/hp/erfu 吉川普子のhp ja <![CDATA[芸大時代 バレエの授業]]> 芸大時代 バレエの授業画像
長い5月の連休も終わり、お昼頃は夏のような暑さの日も多くなって参りました。それでも朝晩に吹く風の中にはどこか湿気を帯びたような梅雨の前触れみたいな匂いもあって、そういう感じの空気に触れるとふと沓掛の芸大のホールにいた日々のことを思い出します。
大学院時代、運動したいけれど学校が遠すぎて通学に時間がかかり悩んでいたところ、ふと科目選択の冊子の中に「バレエ」を見つけました。主に声楽科の学部の学生さんがオペラの演技のための基本を学ぶために開設されていた科目だったので、めちゃくちゃ勇気が要りましたが、人生で一度もバレエを学んだことのない、学部の新入生よりいくつも年増の院生だった私は、運動不足で身体を動かせないストレスを発散させたいだけの気持ちで無謀にも授業の初日に押しかけ、先生に「院生でも受講できますか?」と尋ねてみたのでした。
その時もう一人、私と同じ感じで恐る恐る受講できるか尋ねに来たとっても綺麗なヴァイオリン専攻の院生の子が「私も院生なのですが…。」と寄ってきて下さって、急にアウェー感から解放された思いでした。イレギュラーな申し出をする私たちを、先生は喜んで迎えて下さって、晴れて授業を受けられることになり、ホッとして、とても嬉しかったのを覚えています。あんまり皆さんの邪魔になったら去ればいいし…と気楽に参加させていただいたのでした。
結局毎週2年間ずっとお世話になることになり、何だか他の授業より印象深い経験になりました。
バレエといっても、レオタードでタイツでみたいな授業だったら、絶対立ち入れなかったと思われるのですが、持ち物「ジャージ」と書かれていたので、これなら!と思えました(笑)。バレエシューズだけ購入すればよく、でも「ジャージ」的なものはテニスウェアしか持っていなかった私は、なぜか引き出しに残っていた高校時代の学校ジャージを見つけ、こっちの方がマシかなと思い、洛北ジャージにバレエシューズで初日を迎えました。私がバレエシューズを履くとカンフーシューズに見え、ジャージ姿がブルース・リーみたいになってしまって、どうも優雅なバレエに近づかない感じなのです。でもその年はありがたいことに経験者が2名程しかおられずみんな初心者で、私も目立たずに済みました。
初日に助けてくれた院生のカナちゃんはバレエ経験者で、スタイルも姿勢も美しく、惚れ惚れするほどでした。でも私に劣らず体育会系で(笑)お嬢様なのにサバサバしていて本当に素敵な子で、すぐにとても仲良くなり、悩み事をお互い話し合って励まし合えるお友達になれました。若者の学部生の子たちも明るく楽しい子ばかりで、妹がたくさん出来たみたいでとても嬉しかったです。
可笑しな「いでたち」でバーレッスンに参加する私を、先生は面白がって指導して下さって、なんだか数回レッスンを受けるうちに、上手なカナちゃんにもつられたのか思いの外マシな様になってきたなあと(洛北ジャージはもちろん卒業してました)思い、気付けば柔軟性が上がったのか、腰痛や肩こりも減ったようで、とても有り難かったのでした。やっぱり運動は大事です!
この授業に参加させて下さった上甲裕久先生は、とってもユニークな心の広い素晴らしい方で、とても生徒思いの温かい先生でした。上甲先生でなかったら、続けられていなかったと思います。鈍臭い柔軟性に欠ける私を「吉川ちゃん!」といつも名指しで悪いモデルとして(笑)皆さんの前で直して励まして下さって、結果的に私も声楽科の若者の皆さんの成長を早めることに貢献できたのでは無いかな?と私自身が思えるところにまで持っていって下さったのです。先生は指導者として、生徒全員の性格や特性を繊細に見抜いておられたのだと思います。
帰りのバスでよく一緒になって、何故か色々なことをお話しさせていただきました。先生はまだ日本人がバレエで海外で活躍することの多くなかった時代にフランスのバレエ団で苦労を重ねて踊っておられて、帰国後も様々なジャンルとバレエを融合させた振り付けに挑戦を続けておられて、そういうお話も聞かせて頂きました。そして、私自身がこれからどんな風に芸術を仕事ととして続けて行こうと思っているのかということを尋ねて下さって、誰よりも真剣に励まして下さいました。当時はただ二胡を演奏したり教えたりすることに不安があって、何とかわずかでも自信を付けられたらという消極的な理由で芸大に通っていた私には、そんな熱い想いがあった訳ではなく、上甲先生の芸術への真剣な姿勢に触れて少し罪悪感さえ感じていました。でも、今になって、その時かけて頂いたお言葉の一つ一つ、お尋ね下さったことの一つ一つが、ずっと響きつづけていることに驚きます。そういう問いかけを自分自身にし続けて来なかったら、この30年間二胡と向き合い続けることも難しかっただろうと思います。
アジア人の活躍が不利な時代の不利な環境で、逃げずに戦って来られた先生の言葉は、とても重みのあるものでした。私がまた二胡という特殊な道を選んだことや、外国の楽器を演奏していく大変さも先生は分かっておられたと思います。それでもとにかくやめずに続けること、続けさえすれば道が開けていくことを何度も仰って下さいました。そのお声が今も心に響いています。
先生が私の卒業後芸大の講師を去られて、私自身も日々のことに追われて必死で走り回っていたので、その後お目に掛かることは無かったのですが、先日インターネットで調べてみて、お亡くなりになったことを知りました。色々なことが思い出されて胸が一杯になり、先生に励ましていただいて続けられたことをお伝え出来なかったことを悔やみました。芸大の講堂の匂いやライトや、上甲先生の響く声、声楽の皆さんの可愛い笑い声、舞台袖から出た時に広がる客席の景色、そういう感覚が体験として細胞の中に生きていることを日々感じます。これからも先生の投げかけて下さった言葉を忘れないように、天国の先生に恥ずかしくないように迷いながらもとにかく歩き続けていきたいと思います。

(写真はバレエの授業を受けていた現在は無き沓掛の講堂です。)


]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-680377Wed, 13th May 2026 11:55:26 +0900
<![CDATA[厳しいご時世の中で]]> 厳しいご時世の中で画像
寒暖差の激しい花冷えの季節を越え、新緑の美しい時期となりました。花が散ると一気に暖かくなりましたが、世界情勢は冷え切ったままで、長引く紛争とその影響がじわじわと生活の中に影を落とすご時世の中、心から安心して暮らしているという人はこの地球上にいないのでは無いかな?と感じます。執着やエゴや恐怖を拭い去れないことが人間の不幸の源で、それが人類の業であることは分かっていても、なかなかそれを克服することができない現実を日々見せ付けられているようで無力感を感じずにはいれません。生物全体のレベルで考えてみると、無用に争い破壊し合う人類がどれほど愚かであるかということは一目瞭然なのに…。
歴史の中で同じ間違いを繰り返してきて、現在でもそれを続けているというのは本当に哀しいことです。なかなか心は晴れませんが、今の私たちと同じように嘆きながらも国難を憂いて曲を生み出した劉天華の曲に取り組むことが、私にとってはとても救いになっています。今特に本人が苦しんでいた時期に作曲した作品に向き合うと、一音一音にどんな思いが込められているのかが痛いほど伝わって来ます。希望を挫かれた悔しさや、もがき苦しみながらも何とか這い上がって前へ進もうとする強さが音楽の中に浮かび上がる度に、胸を締め付けられるようなまた勇気づけられるような気持ちになります。劉天華の全力の語りに今の理不尽な情勢を重ねて音に込めさせて頂けることが、大きな慰めになります。人類のエネルギーがお互いに慈しみ合える方向へ向かう時が来て、苦しみの中にある人が少しでも減って行くことを祈って、ただただ苦しみをも創造の源とされた先人のパワーに今はすがって練習をしています。
来月末はコロナ禍の中で復活させた二胡勉強会の第10回目の記念で、劉天華の作品を取り上げます。ご参加者の皆さまと一緒に激動の時代を生きた作曲家の人生と作品に取り組むことができて、とても幸せです。ゆっくりじっくり探求して、また今後も繰り返し取り組むことで見える景色が変わってくることを楽しみに続けていきたいと思います。

写真は京都妙覚寺の善明院さんの枝垂れ桜です。 ]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-678319Mon, 13th Apr 2026 22:41:32 +0900
<![CDATA[「芸術は長く、人生は短し」]]> 「芸術は長く、人生は短し」画像
お正月、節分を経て、急に暖かくなったり、雪が降ったり、花冷えなのか今日3月10日はちょっと雪がチラつく冷えびえとした一日でした。年が明け1月半ばにはチェリストの大町剛先生と共演させて頂く機会をいただき、異なるジャンルの擦弦楽器と二胡の響きをどのように調和させていくかということを勉強させていただきました。2月には宇根兄弟さんとの共演の本番が3つあり、その合間に3月末の「音楽は生き続ける」コンサートの選曲とリハーサルが少しづつ進んでおりました。やっと選曲が定まり、後は練習を積む時間となります。ここからは考えることより身体を動かす作業が多くなると思います。
このコンサートは急に決まったものでしたが、開催する段取りの流れが驚くほどスムーズに進んで、ピアニストの下浦さんと二人でちょっと不思議な気持ちになっております。昨年は下浦さんのご縁で昨年10月の洛陽教会さんの演奏会をさせて頂いた後、11月に桂のライフインさんからのご依頼で秋の演奏会を一緒にさせて頂いて、その時に2人共が通った京都市立芸大の桂坂の方をタクシーで通りながら、芸大の思い出などをお喋りしていたら、数年前に芸大のキャンパスが移転してしまったこともあってか、何だかとてもノスタルジックな気持ちになったのでした。ライフインさんで西山の紅葉をバックに演奏していた時、若かりし時音楽の道を進む上での心構えや精神を育てて下さったのはこのお山の土地だったのだなぁと急に感謝の想いが溢れ出してきて、胸がいっぱいになりました。ご一緒させて頂いていたのが、下浦さんだったからなのかも知れません。演奏後に、施設長さんが「演奏が始まったら、紅葉が鮮やかな色に変わった!」とお世辞かと思いますが、仰ってくださった時に、私は勝手に「お山の神さまに感謝の気持ちが伝わったのかも!」と思い込んで、ちょっとおご恩返し出来たつもりになってとっても嬉しくなりました。その後12月にも下浦さんのご縁で演奏の機会があり、そうして毎月ご一緒していて色んなお話をする中で、私のやってみたいと思っていることをふと何気なく口にしましたら、速攻で「やりましょう!」とお優しい下浦さんが乗って下さったのでした。
私が思っていたこととは、本当に長年大好きだった作曲家の坂本龍一さんがお亡くなりになったことが3年経ってもどうしても変わらず悲しくてならないこと(ファンの皆さまきっと同じ思いであると思います)、その気持ちを持て余していても、生き続けているはずの、坂本龍一さんの楽曲を演奏する機会にもなかなか恵まれないことへのジレンマがあって、どんなにささやかでも良いので思い切り坂本龍一さんの楽曲を演奏する機会を持ちたいと感じているということでした。
25年ほど前、下浦さんと初対面の時に坂本龍一さんの「ラスト・エンペラーのテーマ」が二胡を始めたきっかけであることをお話ししたら、下浦さんはドイツ帰りのクラシックのピアニスとさんなのに、思いがけず思い切り共感して下さって、直後初めて下浦さんから頂いた2人での演奏のお仕事(偶然にも私の出身幼稚園、マクリン幼稚園でした!)では「戦メリ」を演奏したのでした。あれから25年近く過ぎてしまったなんて!
もうすぐ命日がやってくるのに行動を起こせないと悔やんでいる私のボヤきを聞きながら、下浦さんはピアノの生徒さんの勉強会で借りておられるスタジオの空き具合をすでに調べて下さっていました。「命日の3月28日だけ空いてるよ!」と下浦さんの声を聞いて、その瞬間もう開催を決断していました。「いつか…、いつか…」と言っていた私だけでは実現不可能だったと思います。良いピアノのある場所で、交通の便が良くて、少しでもお客さまに入って頂けて、快く貸してくださるところで、共演を快くして下さる頼れるピアニストさんがその日空いていて、グズグズ…。私はきっと行動に移せず永遠に出来なかったと思います。決めた瞬間もうあれとこれと、あれもやってみたい!とババババ!と曲目が立ち上がって参りました!その場で予約を完了して頂いて、会場見学して音を出してみる日もその場で決まりました。年明けに初めてエルスタジオさんにお伺いして、本当に穏やかでご親切な素敵なオーナーさんと打ち合わせもさせて頂いて、チラシをデザインして、真声会(芸大の同窓会)の後援を頂いて、著作権申請して、やっと選曲と楽譜を調整して、ここまで全力疾走でしたが、本当にやりたかったことだからか、疲れも感じず楽しく準備させて頂いております。スタインウェイの象牙の鍵盤のピアノは本当に素敵な音色で、私は自分が演奏せずとも下浦さんが弾いて下さる坂本龍一作品を横で聴いているだけで幸せです。
また、エルスタジオさんは御所南に在るのですが、生前坂本龍一さんは京都御所の辺りを好んでお散歩されておられたと本で読みました。天国のちょうど御所の上あたりをもしかしたら今もお散歩されてるかも知れません。地上におられなくなっても、私たちの中に坂本龍一さんの音楽は生き続けていて、たくさんの方の支えになりつづけていることを、感謝を込めてお伝えする気持ちで演奏させていただきたいと思っております。そして、またわずかではありますが、入場料の一部を坂本龍一さんが創立されたmore treesへ寄付させて頂きます。残りの日々、下浦さんと一緒に心を込めて準備を頑張って参ります!



写真は坂本龍一さんの全仕事を掲載した書籍から。芸大時代に、現代日本における二胡の受容についてまとめるために参考文献として使わせて頂きました。

]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-675933Tue, 10th Mar 2026 23:43:31 +0900
<![CDATA[明けましておめでとうございます!午年です!]]> 明けましておめでとうございます!午年です!画像
ずいぶん遅くなりました明けましておめでとうございます!
今年も除夜の鐘を打ち終わり、ホッコリしたところで、日本海側は元旦一晩ドカ雪が降り積り、お正月三ヶ日は雪掻きに明け暮れ、一月半ばにしてまだ首にムチ打ち的な痛みが残っております。雪深い街に住まれる方の忍耐力に本当に心から尊敬の気持ちで一杯です。温暖化で雪量の増えている雪国の方々がお怪我をされることが無いようにお祈りします。年賀状もいただくのも送るのもどんどん減って、急激に時代が変化していることを感じます。一瞬で簡単につながることのできる便利さに助けられながらも、大切にしてきたはずの「手間」「ひま」を「無駄」と判断してしまう思考が自分自身を支配してきていることにも怖さを感じます。遠くのなかなか会えない大事な方からのお便りに、その書かれた字にお人柄を思い出し、少し首の痛みも和らぎました。生活の何もかもがAIに移行して、人間が物事を考える時間もどんどん減っていくようで、どこか考えることの楽しみの権利を奪われているような寂しい気持ちも生まれてきます。そして、どんどん「便利」「簡単」が増えると言われる割に、高齢化、過疎化の進む地方の雪国の「不便」は、温暖化による異常な大雪で交通は遮断され、停電し、さらに過疎化が進み、熊の被害も増え、どんどん大きくなっているようにも思えます。苦しい人を減らすスキルとしてのAIが発達してほしいなと、ものすごいアナログ人間の私はよく分からないながらも思っています。
音楽を仕事としている私には温暖化を止める力も無く残念なことですが、せめて苦しんでいる方々への想いを込めて演奏して、少しだけでも募金で支援を送れたらと思いいます。またそういう私の勝手な想いにお優しく寄り添ってくださる共演者の方々とご一緒させて頂けることが本当に幸せです。最初はネパール地震のチャリティコンサートの企画がご縁で出会った宇根さんご兄弟とのちょっとだけチャリティになるコンサートも、気付けば10年を超え、多分今回で11回目になります。三人とも年齢を重ね(苦笑)あちこち痛くなったり、コンディションを保つのも難しくなっては来てはいるのですが、やっと(双子のお二人は元々息ぴったりですが)それぞれの息も分かってきたような気がして、安心して演奏できるようになってきたと思います。私ももうほとんどオジさんみたいなもので、三人のオジさんトリオみたいになってますが、その気の抜けた平和なほっこり演奏を楽しんでいただけたらと思っております。来月10日にこれまた平和でお優しいご夫婦でされていますアイリッシュパブのノームさんで、温暖化による異常な豪雨と洪水でたくさんの死者が出たアジアの被災地に寄付を送りたいと思っております。
今年はコロナ禍の中復活させたチャリティ二胡勉強会も第10回を迎えます。劉天華勉強会から始まったこの会もお陰様でここまで続けることが出来ました。今年は初心に還って劉天華作品に取り組んでいただく会にしたいと思っております。こちらは6月頃になるかと思います。
今年は午年です。生徒さんの皆さまも二胡の名曲「賽馬」を弾く機会が増えると思います。カッコいい賽馬を目指して頑張ってもらえますように私も努力したいと存じます。二胡の弓にも馬の尻尾が使われていて、日頃からお世話になっているお馬さんにあらためて感謝を込めて、私も一年間頑張って走りたいと思います!今年もお世話になりますが、どうか宜しくお願い申し上げます!
]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-672638Fri, 16th Jan 2026 17:45:11 +0900
<![CDATA[伝統に守られて]]> 伝統に守られて画像
先日仏教クラブ様11月例会に、ゲストスピーカーとしてお呼びいただきました。
様々な宗派の本山の貫主様、本山御用達のお仕事関係の会社経営者の皆さま等、仏教関係の方々のお集まりの場で演奏と二胡の歴史などお話しさせて頂きました。
京都に暮らしていれば必ずお世話になっているはずなのに、普段の生活の中ではお目にかかることができない、京都の深い伝統の世界で何百年もの間弛まぬ努力で縁の下の力持ちとして歴史を守り続けてきて下さったお立場の皆さまに、役不足ではありながらも二胡の音楽と絹弦の音色もお聴き頂く機会を持つことができとても幸せでした。
仏教も二胡もシルクロードを渡って東に伝わったという共通点があります。経典を伝えられた玄奘三蔵さまや鳩摩羅什さまをはじめ、名も無きキャラバン隊の商人や音楽家たくさんの人々が命懸けで旅をして、壮大な年月をかけて文化を伝播して下さったお陰で私の今の仕事も成り立っています。二胡を弾いていてふと鳩摩羅什さまの中国語訳されたお経のリズムにどこか似たメロディーを曲の中に見つけることがあります。そういう時に二胡と仏教の通ってきた道のことを想います。
この度演奏させて頂き、様々な伝統の世界のお仕事や研究をされている方々と直接お目にかかりお話しさせて頂いて、皆さまから戴きましたご感想はまさに伝統を通した視点から発せられるもので、本当に貴重なものでした。私自身もたくさん勉強させていただくことができました。
ご縁をくださいました竹村瓦商会の竹村さまに心から感謝申し上げます。
私達奏者が京都で演奏の仕事を続けられるのも、美しい京都の街を伝統のお仕事の皆さまが守って下さっているお陰さまだと日々感じます。山河を見ても、家並みを見ても、そこにたくさんの方の真心の籠った目には見えないひそやかな、きめ細かやかなお仕事の手があってこそ守られている美しさなのだなあと思います。自分自身の努力の小ささを恥ずかしく思いながらも、目に入る美しい風景から、「まだまだ努力できるはずだ」というエールを頂いて、また前を向いて頑張っていけそうな気持ちになることができて、それが日々とても有難く幸せです。
]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-670261Mon, 15th Dec 2025 23:03:15 +0900
<![CDATA[劇音楽と二胡]]> 劇音楽と二胡画像
猛暑日が50日以上も続きました。もうすぐお彼岸だというのにまるで祇園祭の前みたいな蒸し暑さです。これから毎年こんな夏が続くのかと思うと、気が重くなりそうです。海水温が上がって日本全国どこにでも線状降水帯が現れる可能性があり、竜巻や落雷の被害も増え油断ができません。水害に苦しむ地域は、地震の被害からの復興途上にある街も多く、度重なる災害からの復興は本当に困難なことと思います。できることは少なく、微々たるものかもしれないのですが、せめて二胡勉強会の皆様からの参加費より九州南部の水害の被災地に募金をさせて頂きたいと思っております。
今回の二胡勉強会では少しだけ中国各地の劇についてお話をさせていただこうかなと思っております。二胡という楽器は、劇音楽と共に発展して伝播した楽器であると言って良いかと思います。その割に二胡を演奏していても中国の劇には触れる機会は残念ながら多く得られません。広大な中国には京劇や昆曲のような規模の大きな劇から、歌い手と伴奏楽器だけの素朴なものまで、数えきれないほどの劇があります。そこに二胡(胡琴)類が大きな存在感を持って使われてきたことは大きな意味があると思います。私自身もこの機会に二胡という楽器が形造られた背景に少し目を向けられたらいいなと思っております。
私自身は北京で一回だけ20代の頃京劇を観たことがありました(日本では何回か劇場で観ました)。本当は、伝統的な古い茶館のようなテーブルが並んだ天井の高い京劇用の劇場で観たかったのですが、残念ながらお目当ての古典的な劇場が工事中で断念し、梨園劇場で観ることになりました。立派な大きな近代的な劇場で、電光掲示板でセリフの英語訳が映され、色んな演目の良いところだけを次々観せるという、観光客向けの舞台でした。私は大学時代に伝統芸能の狂言を茂山家の七五三(しめ)先生の社中で逸平先生に習っておりました。当時まだ移転前の四条にあった金剛能舞台で発表会にも何度か出させて頂いていて、伝統的な舞台芸術にものすごく興味があった時でした。その頃(1990年代)TVで狂言師の野村万作さんが中国へ渡り、伝統劇の俳優さんと交流する番組を観て、そこで紹介されていた梅蘭芳という激動の時代に翻弄された伝説の京劇役者にものすごく惹かれて、本当に美しくて憧れました。北京に行ったら絶対京劇を生で観たい!と願っていたのでした。京劇の節回しや打楽器のリズムをよくわからなくても何となくでも聴くことは、二胡曲を弾く上でとても良い勉強になります。昔は音源を手に入れることも難しかったのですが、現在は動画で観ることもできるので、本当に勉強がしやすい世の中になったなあと思います。
私は18歳の時に二胡のお稽古を始めましたので、今年で30年目になります。人生の半分以上二胡に触れてはいてもやっぱり隣とはいえ外国の楽器を弾いているということには変わりなく、勉強し続けなければ不安です。色々な方面から二胡に光を当てて、何とか少しでもリアルにその形を掴みたいなと思います。中国各地の様々な劇音楽に触れることは大きな助けになると感じています。
京劇への憧れもあって、弾けないけれど京劇に使われる胡琴の京胡を中国で買って持っていました。京都市立芸大に中国の京劇団の京胡奏者が留学して来られた時、教授からお世話を頼まれ、京胡の教室を開くお手伝いをして、私も短い期間でしたが習うことができました。どんなにパワフルな音量が求められているか、運弓の基本がどれほど重視されるか身に染みました。二胡の奏法とは全く違って難しく、指導はとても厳しかったです。劇団のプロの奏者の誇り高い職人魂のようなものを肌で感じられたことは、大きな貴重な経験でした。その後一年も経たないうちに劇団に呼び戻されて、バタバタと帰国されたのはちょっと残念なことでした。でも、少しだけでも京胡に触れられて、耳に入る劇音楽も身近に感じられ、聴こえ方が変わった気がします。劉天華の二胡曲の音楽にもふと現れる劇音楽の節回しのようなものがとても気になるようになりました。人生でどこまで探求できるか分かりませんが、経験を重ねて少しずつ見つけていくことも大きな楽しみだと感じています。長い道のりではありますが、ぼちぼち歩いていこうと思います!
写真は北京の瑠璃廠近くの京胡を買ったお店です。 ]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-664032Thu, 18th Sep 2025 17:29:00 +0900
<![CDATA[音楽の天才]]> 音楽の天才画像
かつてこんなに暑い7月があったかしら?と毎年言っているような気もしますが、本当に今年は北から南まで死者が出るほどの猛暑が休みなく連続しております。皆さまご無事でお過ごしでしょうか?祇園祭の前祭は集中豪雨、後祭は40度に達するほどの酷暑でした。どちらも地球温暖化の傾向で、四季の美しかった京都ももはや熱帯気候の街に突入してしまった感があります。25年ほど前の本には日本で熊に遭遇して命を落とす方の人数は「例年年間1名ほど」と書かれていましたが、今年は一体どうなってしまうのでしょうか?自然界も異常なことが起こり始めていることを感じずにはいれません。暑さが何より苦手の私は、どうしたら地球が冷やせるのか考えても仕方ないことをグルグル悩んでおります。先日の発表会の募金もこの地球規模の温暖化を何とか止めたい思いで寄付をさせていただきました。でもこの強烈な変動のスピードはもはや人間の力でブレーキをかけることが難しい所まで来てしまっているのかもしれません。
お出掛けするのも危険な日々、それでもコンサートやレッスンにお越しくださる皆さまに感謝の気持ちでいっぱいでいつも拝みたい思いになります。過酷な気候の中でも精神力がしっかりされているご高齢の生徒さんを見ると、あまりの暑さにボーッとして集中力も続かない私自身が本当に情けないです。こんな時でも目標を持って前向きに困難に立ち向かえる力が欲しいです。
ご高齢でも、お若い時のままの魂で、本当に驚くべき精神力と才能で芸術の世界を開拓し続けておられるレジェンドの先生に思いがけなく出会うことがあります。昨年、ピアニストの森恵里子さんのご紹介でニューヨークのカーティス音楽院とマネス音大の教授を務められている、現代音楽作曲家デビット・ローブ先生のレッスンを受けさせていただく機会に恵まれました。ローブ先生が森さんと私がご一緒させて頂いたCDを聴いて下さり、二胡のための作品をたくさん作曲して下さったのです。その中から数曲を実際に練習して、ローブ先生にご指導いただくことになりました。事前にローブ先生の奥さまとお話しさせていただく機会も作っていただいたのですが、お話しをお聞きしていると、本物の「音楽の天才」というものが実際どういうものなのか、見えてくるにつれ驚くばかりで感動しつつも怖ろしくなってきました。ローブ先生は私の大好きなドヴォルザークの直系のお弟子さんに当たるそうで、音楽の歴史の中のドヴォルザークのような芸術を大きく発展させた大作曲家というものは、きっとこういう驚くべき魂でそれぞれの時代の荒波の中で創作をされていたのだなあと、圧倒されてボーッとなりながらも直接的に感じることができました。この私のような自身の才能には頼れず、何とか努力で音楽の世界の端にギリギリ座らせて頂いている者には想像を絶する宇宙のような感性で音楽と向き合う方々が、世界には存在しているんだなあと知ることができたことは本当に大事な経験でした。
ローブ先生は恐ろしく繊細な耳の持ち主で、この世に存在しているとは(私たちには)見えない音まで聴いておられるのではないか?と思わせられます。一度聴いた音楽は決して忘れることはなく、聴いたことのない曲でも、それが誰の作品で、どの時代のいつ頃作曲されたものか分かってしまわれるのです。そして、ある楽器の曲を作曲する時には、初めて見る民族楽器であってもその楽器の構造や性質を完璧に把握してその楽器の背景も捉えて緻密に構想を練られます。またそんな大変な作業を楽々とやってしまわれるのです。学生たちにもそのクオリティーを求められるそうで、世界最高峰の音楽院のレベルの凄まじさにこちらは驚愕するばかりです。
レッスンでは、私は先生がピアノの前に座られて、音を鳴らしながらレッスンしてくださるのかな?と思っておりましたが、部屋の後ろの方に椅子を持っていかれ、楽譜を手に少し離れた所で耳を澄ませて全身で聴こうとされました。ひたすら聴くことに徹しておられるので、強烈な静寂の中部屋に響くのは私の単旋律だけで、恐ろしくて身震いしました!芸大時代の副科のレッスンでの恐怖が蘇って来るのを感じました。

ローブ先生の二胡曲は、小節線も無いものが多く、たゆたうような流れを見つけることが難解で私の浅い経験では再現することが簡単ではありません。何度も歌い方を間違って指摘されながら、冷や汗をいっぱいかきながら2時間を超えるレッスンが終わりました。日頃研ぎ澄まされた音楽しか耳にされない先生には私の音は苦痛だったかと思います。それでも、お優しく、楽しかったよと仰って下さってとても救われました。そして、試しに聴いて頂いた絹弦の音を「本当に美しかった」とメールでも感想を言って下さって、それがとても嬉しかったです。
ローブ先生と出会うことが出来て、まだまだ追い求めるべきとてつもなく深い世界があることを知り、その深みに眩暈がしそうですが同時に不思議と気が楽になり勇気も湧いてきます。
戦争の苦難も芸術の力で乗り越えて来られた大先輩の存在を感じて、暑いだけで挫けそうなダメダメな私も踏ん張ることが出来そうな気持ちになります。身に余る幸運な体験を大切に私自身も色々なことを言い訳にせずにしっかり乗り越えて、また次の世代の生きる気力の栄養にならなくてはと思います。本当に素晴らしい出会いを下さった森さんに心から感謝しております。まだまだ先になりそうですが、いつかローブ先生の曲を自信を持って表現できるように頑張ります!
]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-659449Mon, 28th Jul 2025 18:02:45 +0900
<![CDATA[ALTIでの二胡発表会お疲れ様でした!]]> ALTIでの二胡発表会お疲れ様でした!画像
6月14日ALTIでの発表会が終了いたしました。梅雨真っ只中の低気圧の中、出演者の皆さま、ご来場のお客さま、お運び下さり本当にありがとうございました。とてもとても私自身の心に残る幸せな発表会でした。
私事でバタバタしているうちに気がつくと一か月が経ってしまって、街はすっかり祇園囃子に包まれておりました。発表会が遠い昔のようにも感じられるのですが、やっと落ち着いて振り返ることができること幸せに思います。
先日12年もの間ずっと心を込めてビデオを撮影・編集して下さっている松永さんが、完成したDVD・Blu-rayを持ってきて下さいました。本番の日は私自身は舞台袖でずっと動いているので、皆さまの演奏を断片的に扉越しに聴くしかなく、残念なことに渾身の表演を拝見することができません。松永さんのお陰様で、後日どのような会になっていたのかを全体的に俯瞰で観ることができ、本当にありがたいです。2台のカメラからの映像に舞台上部の吊りマイクの音源も使って下さってとても綺麗に編集して下さっています。映像ご必要な方は、お声掛け下さいませ。
大合奏は50名ほどの、二胡歴の異なる初めて顔を合わせる皆さまが、心を合わせて一つになって演奏して下さっている光景に心を打たれました。ピアノの下浦先生、楊琴の森さん(大阪から何度も大きな楊琴を運んで打ち合わせに来て下さったのです)の温かい伴奏にも励まされて皆さま精いっぱい心を込めて演奏して下さっていました。この度は地球温暖化対策に募金するチャリティでしたので、「美しい自然に感謝を込めて」をテーマに選曲しました。初めて合奏に選んだ「田園春色」も定番の「パンダのミミ」「賽馬」もALTIホールの柔らかい響きにとてもよく馴染んで、本当に美しかったです!ご参加下さった皆さま本当に本当にありがとうございました!
独奏・重奏の部は、二胡の古典的な独奏曲、現代の難解な独奏曲を選んでチャレンジして下さる方、二胡で演奏するのは難しいポップスや、西洋のクラシック、映画音楽に取り組んでくださる方など様々で、本当にバラエティーに富んだ楽しいプログラムが自然と出来上がっていました。皆さまが思い思いに選曲して、楽しみながら(時に苦しみながら)プログラムを作り上げて下さっているのが感じられてとても嬉しかったです。今回は初めてそれぞれのプログラムへの思いを文章にしていただいて、ナレーターの酒井さんに読み上げて頂くことにいたしました。綺麗な優しいお声に私自身も癒され、落ち着いて出演者の皆さまを送り出すことができました!本当に感謝です!
たくさんの生徒さんをご指導ご引率くださり、舞台袖でのチューニングや出番の呼び出しを手伝って下さった講師の皆さま、受付を手伝って下さった皆さま、スムーズに舞台の設営をして下さり、細かいお気遣いをして下さったALTIホールの皆さまに心から感謝申し上げます。
募金箱が無かったにもかかわらず、ご寄付をお申し出下さったお客さまもあって、受付係さんが巾着袋で即席の募金箱を作って下さったところ、たくさん募金が集まったことも本当に感動してしまいました!またさらに民族楽器のコイズミさんにも募金を頂戴いたしました。皆さまのお優しいお心遣いを追加募金させて頂けたことも涙が出るほど嬉しかったです。
昨今の争いが急増している国際情勢を見ても、急激すぎる地球温暖化を見ても、安心して平和の中で音楽を演奏できることは本当に奇跡のようなことだなぁと思います。地球がこれからも宇宙の中で恥ずかしくない美しい星であり続けるために何ができるのか、それを考えながら小さなことでも諦めずに続けていけますように願います。皆さんと大合奏で調和を感じられた一瞬は、音楽の力を感じられる安心できる時間でした。そういう幸せな時間の積み重ねの先に、安心できる地球が在るように感じます。ご参加下さった、ご来場下さったお優しい皆さま、ご協力くださり本当にありがとうございました!
]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-658236Mon, 14th Jul 2025 00:57:31 +0900
<![CDATA[もうすぐアルティで発表会]]> もうすぐアルティで発表会画像

キラキラの新緑の中で葵祭も終わり、そろそろ梅雨が始まりそうです。二胡をお稽古されている皆さまの発表会まであと1ヶ月となりました。合奏練習会もあと一回を残すのみになり、先日アルティホールとの設備使用の話し合いも終了しました。12年ぶりのアルティでの発表会となります。最初に使わせていただいた時は私も突破性難聴から何とか回復出来そうな状態になった時でした。耳の不安でなかなか演奏の仕事に戻れない自分自身と、津波と大地震と原発事故から復活しようとしている日本の状況が重なって感じられていて、津波や原発事故で苦しんでおられる方々のためのチャリティとして開催するなら、気力が保てるかもしれないと思い立ち、アルティを借りることにしたのでした。ここから全ての発表会は少しだけでも募金に協力するものにさせて頂いて、干支がちょうど一回りしたことになります。この12年間を支えて下さった参加者の皆さまに心から感謝です。今回もご出演料から地球温暖化対策に関わる機関に募金をさせて頂くことにしております。北極の氷が恐ろしいスピードで溶け続けて、ホッキョクグマのような美しく気高い生き物が棲む場所をどんどん追われています。それだけでも悲しいのに、氷が溶けたところの地球の資源を列強国が奪い合って新たな紛争まで起こる兆しです。どこまでも欲深く、利己的な人類に本当に辟易とします。滅びるための競争をしてしまっていることに気付くことができないことが悲しいです。ホッキョクグマに氷を返してあげたいです。
発表会ではご協力下さるお優しい皆さまと一緒に心を込めて合奏させて頂けることが本当に幸せです。美しい春の田園風景を描いた「田園春色」は名演奏家、故閔惠芬さんの素晴らしい演奏を参考に皆さんと練習を重ねたものです。「熊猫咪咪」は竹枯れによる食糧難で絶滅危惧種になったパンダのミミちゃんを心配する歌です。「賽馬」「草原情歌」は壮大な自然の中で生まれたメロディーで、聴く人の心を穏やかにしたり元気付けてくれる曲です。美しい自然無くしては生まれなかった音楽に一生懸命取り組み、自然への感謝の気持ちや、尊敬を表現できたらいいなあと思っております。
私自身もそうですが、ご参加くださるお一人お一人色々な大変なご事情を抱えながら、何とか時間を作ってこの日に向かって精進を重ねて下さっています。頼りなさすぎる船頭で本当に申し訳ないのですが、美しい実を結ぶよう私自身も本番までしっかり頑張りたいと思います。ソロや重奏のプログラムはいつも通りとてもバラエティに富んだとても素敵なラインナップでそのことが私もとても嬉しいです!お一人お一人が充実した時間を楽しんでいただけますように当日までしっかりお支え出来るようにラストスパート気合を入れてがんばります‼︎入場自由ですので、ご興味持って頂けましたら、是非会場にお運び下さいませ。
]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-653625Sun, 18th May 2025 18:12:00 +0900
<![CDATA[大阪のこと]]> 大阪のこと画像
何も書けないままもうお彼岸になってしまいました!何だか例年二月はバタバタ(ジタバタ)としている内に気が付けば過ぎ去ってしまっております。今年は暦上節分がいつもより早くやって来たこともあって調子が狂ってしまいました。三つの本番を終え少し体調を崩して、戻ったと思ったら花粉症真盛りです( ; ; )
この冬は節分の後山陰はまた恐ろしい大雪に見舞われました。特に能登半島は、震災で疲弊している上に豪雨被害、さらに記録的な長期的大雪と、泣き面に蜂の上にまだ殴られているかのようなもう本当に大変なことになってしまいました。一方岩手県では異常な乾燥で山火事が広がり、これも温暖化のために地球が今まで通りでは無くなっていることの表れのように感じます。津波と山火事の挟み撃ちに遭われて、どんなにお辛いか想像すると苦しくなります。震災は人間の力でどうにもできないことでしたが、豪雨も大雪も地球温暖化で日本海側の海水温が異様に上がっていなかったら、起こっていなかったかもしれません。お彼岸のこの時期に、人間の行き過ぎたエゴを改めて反省しなくてはと思います。
先日のチャリティーコンサートでは、皆さまの温かいお気持ちで珠洲市の方へ募金を送らせて頂くことができました。会場を使わせて下さったアイリッシュパブのノームさん、お越し下さったお優しいお客さま、カンパして下さった皆さまの温かいお心に本当に感謝です!相変わらず何年経っても演奏するたびに必死で、向いてないなあ〜とガッカリするばかりなのですが、募金ができるとちょっと私自身が救われています。10年以上に渡りご一緒くださる演奏仲間にも心から感謝です。
これから4月一杯毎週演奏の用事があり、花粉症とアレルギー、寒暖差と闘いながら(笑)何とか乗り越えなくてはと思います。この時期には演奏業は季節労働だなあと感じます。先日も大阪の公演の打ち合わせに国立文楽劇場に行っておりました。大阪は隣の街なのに年間に数回しか訪れていません。本当に近くなのにものすごく感じが違うことに驚きます。私の祖母は思い切り明治生まれの大阪人だったのですが…。大阪に降り立つと、祖母の言葉が色々蘇ります。女学生だった時のことをよく話してくれました。歌舞伎や観劇に行ったり喫茶店に行ったこと、おさげ髪でテニスやバレーボールをしていた学生時代のこと、筑前琵琶をお稽古していて師範になり、大阪のお寺で演奏していたこと。結婚して田舎にいる時に大阪大空襲で大事な親族が亡くなったこと。私は大阪に行くと京都には無い大きなビルを恐々見上げてしまいますが、その戦後に発展した中心部の風景と祖母の話から想像していた大阪の風情を頭の中で馴染ませるのに今でも時間がかかります。初めて子供だけで遠出をしたのも大阪でした。とにかく電車に乗って大阪に辿り着ことが目的で、ものすごく緊張したのを覚えています。淀屋橋で降りて、乗り換えなど恐ろしくてできず、結局なぜか適塾だけを見学してすごすご帰るという渋すぎる遠足でした。でも一生忘れない思い出です。
北浜駅で降りて文楽劇場まで歩いてみました。レトロな洋風のビルもたくさんあって素敵でした。小説や浄瑠璃の舞台になった場所もあって、もし空襲が無かったら、大阪にはもっとたくさん深い文化的史跡が残ってただろうなと思うと切なくなります。でも、文楽劇場に近づくにつれ、だんだん大阪の町のエネルギーの勢いの良さに圧倒されついていけなくなり、やっぱり普段から京都でほっこりし過ぎてるのかなあと思いながら会場に到着しました。文楽劇場小ホールでエルダーネッツさんの会で演奏させて頂くのは今回で三回目です。和物の演目のための檜舞台なので、通常のコンサートホールとは勝手も響きも異なります。でも音響さん照明さん、舞台の係の方も本当に気さくで一生懸命工夫して下さり、とても温かい雰囲気です。今回はアコーディオンの宇根さんと、フラメンコギターの木村さんと3人でスペイン寄りのプログラムで公演させていただきます。木村さんとは初めての共演で、まだ試行錯誤の最中なのですが、いつもご一緒させて頂いています宇根理浩さんとはまた一味違ったフラメンコギタリストさんです。同じ音楽ジャンルの方でも個性が全く違うのだなあと改めて思います。全くチャレンジしたことの無いフラメンコの曲はリズムも息遣いも本当に不慣れで、どうなることかちょっと不安ですが、本番まで頑張って勉強させて頂きます。
打合せの後は、法善寺横丁に寄って、水掛け不動明王さんにお参りして、お堂の可愛い街ネコちゃんに出逢って帰りました。大坂も訪れたい所いっぱいあるなあと思いました。もし3月30日(日)13時〜お時間ございましたら、国立文楽劇場小ホール「伝統文化の源流に触れる」コンサート、入場無料ですので大阪旅行のおついでにお寄り頂けましたらとても幸せです!
昨日はとても暖かかったのに、今日はまたぐんと寒くなりました。皆さまどうぞお身体ご自愛下さいませ。
]]>
http://www4.hp-ez.com/hp/erfu/page3/bid-648405Sat, 15th Mar 2025 17:51:16 +0900